「お前のためを思って」は、ただの支配。モラハラ夫・妻の恩着せがましい“愛”について解説

モラハラ加害者がよく使う言葉に、「お前のためを思ってる」「家族を愛しているからこそ」というフレーズがあります。
一見すると愛情深い言葉ですが、その裏には「支配したい」「思い通りに動かしたい」という欲求が隠れていることも少なくありません。
今回のコラムでは、そんな“恩着せがましい愛”の言葉に潜むモラハラの本質と、見抜くための視点を解説していきます。
モラハラの言葉や支配的な行動を見抜くことで、危険を避ける方法を学びましょう。
目次
恩着せがましい愛のモラハラ—加害者の言葉と行動のギャップとは?
「お前のため」という言葉には、実は深い支配的な意図が隠れています。
モラハラ加害者が使うこのフレーズには、「愛」や「思いやり」が込められているように感じるかもしれませんが、その実態は「自分の欲求を満たすための手段」であることが少なくありません。
加害者は、次のようなかたちで支配を正当化しようとします。
- 「してあげた」ことを何度も持ち出し、感謝や従順さを求める
- 自分の考えややり方を押しつけ、「お前のためにならない」と相手を否定する
- 一見「家族のため」に見える行動が、実は自分のコントロール力を強める手段になっている
このような言動の本質は、思いやりではなく支配です。
たとえ何かをしてくれたとしても、それが「見返りを求める」「感謝しろと責める」「従わなければ不機嫌になる」といった形で返ってくるなら、それは支配的な愛と言えます。
加害者の言葉だけを信じるのではなく、その背後にある「行動」とのギャップに気づくことが大切です。
「こんな押しつけ、ありませんか?」モラハラ加害者の支配的行動

誕生日のプレゼント、もう決めたぞ。将来のためになる本を選んだぞ。これが一番だって、俺はわかってるんだから。



でも、子どもが今欲しがってるのは、流行ってるゲームだよ…



はぁ?そんなの、頭悪くなるだけだ!今の子どもたち、ゲームばっかりやってるから、バカになるんだよ。子どものために選んでやってるのに、なんでわからないんだ?



わー、ありがとう!
(ゲーム欲しかったな。。でも喜ばないとお父さんすごい怒るんだよね。。)



やっぱり俺ってイイ親だよな!子どもが将来ちゃんとした大人になるためには、俺が正しい選択をしてあげないと。これで、子どもも絶対に感謝するはずだ。こんなに素晴らしい親は他にいないぞ!
「子どものため」が口ぐせのモラハラ加害者の心理とは?
ここでは、「子どものため」と言いながら支配的になるモラハラ加害者の心理背景を解説します。
自己中心性からくる支配欲
モラハラ加害者の根底にあるのは、他者の感情や意見への無関心です。
加害者は自分の考えが最優先であり、家族の意見や気持ちを無視してでも「正しいことをしている」と信じて行動します。
その結果、「子どものため」という言葉を使って家族をコントロールしようとする支配的な言動が現れます。



俺が正しいに決まってる。あいつらはまだ分かってないだけだ!



結局自分の思い通りにならないといつも怒鳴って解決しようとする。
「自分の思い通りにならないと不安」な心理
モラハラ加害者は、自分の考えや意見が通らないと強い不安や焦りを感じることが多いです。
その不安を解消するために、家族をコントロールしようとするのです。
「子どものため」という言葉を使えば、正当な主張のように聞こえ、支配的な態度をとる口実にしてしまいます。



受験に受からなかったら、あの子のせいじゃなくて、私が親として手を抜いたことになる。絶対に失敗できない!!



結局お母さんの見栄のためじゃないか・・・家で片時も安心できる時がない・・・
「子どものため」の自己正当化
加害者は、自分の行動を「正しい」と信じ込み、「子どものため」や「家族のため」という“正論”を掲げることで自らの支配欲や自己満足を正当化しようとします。
実際には、自分の価値観や考えを押し付けているだけでも、本人は「自分は良いことをしている」と思い込んでいます。
モラハラ加害者は、「子どものため」と言いながら、実際には子どもや家族を本当に思っているわけではなく、自分の意志を押し付けて支配する手段として「子ども」を利用していることが多いのです。
その言葉に惑わされず、実際には支配欲が優先されていることを理解することが大切です。



あそこで叩かなかったら、将来もっとひどい目に遭う。今のうちに正してやるのが愛情なんだ!



“愛”って言うけど、何が愛なのか、もうよくわからない
「やってあげてる」の裏にある自己満足と支配欲
少しの手助けで“恩着せがましく”なる人たち
加害者は、少しの行動を大げさにアピールし、「やってあげている」と強調することで、自分の立場を正当化します。
しかしその実、配慮が欠けた行動であり、相手に与える負担は軽視されがちです。
この見せかけの「自分本位な行動」が引き起こす問題です。



いや~今日子どもと公園で遊んでたら『パパが公園連れてくなんてイクメンですね!』って言われちゃったよ。
お前がちゃんと子育てしてないから、俺が頑張らないとな〜って思ってさ。
ほんと、俺みたいな夫と結婚できて、お前は恵まれてるよな。



30分で「マジ暑いし無理だわ!」って帰ってきたよね。
しかも、泥だらけの服の洗濯も片付けも、全部私だったじゃん…。
そのあとずっと自室でゲームしてたよね?
こっちは共働きで、毎日家事も育児もワンオペでやってるのに、なんでちょっと遊んだだけでそんなに恩着せがましく言われなきゃいけないの…。
やった分以上のリターンを求める
加害者は、ほんの少し手を貸しただけで過剰に評価されることを求め、「感謝しろ」「お前がその分を返さないと」と、やったことの何倍ものリターンを要求します。
実際は相手に与えるのではなく、支配を強化するための道具として使っているにすぎません。



ごめん、料理したいから、ちょっと子どものこと見てくれる?



は?俺、昨日病院連れてったよな?なんで今日も俺がやる流れなの?
俺ばっかじゃん。俺に休ませる気無いワケ?!
俺、昨日だって混んだ病院で何時間も待ってやったんだぞ?感謝の一言もねぇし!



……病院行ってくれたのは助かったよ、ありがとう。
(いや、待ったのは30分だったでしょ。看病も夜中の対応も全部私だったし、
病院の後も“疲れた、最悪”って文句ばかりだった。
帰ってからはゲーム三昧、今日は夕方まで爆睡。
“俺ばっか”って、私、共働きで平日ずっとワンオペなんだけど…。)
今日は一日子ども外に連れてって私もしんどくて。お願いできないかな。



はぁ…ほんとさ、俺っていつも“やって当たり前”なんだな!
昨日病院連れてっても、今日はまた“お願い”ってさ。
俺の疲れとか都合は、完全に無視なんだね。ほんと疲れるわ!
モラハラ加害者の「愛」は、相手を縛るための道具
愛しているという言葉の裏に潜む危険
モラハラ加害者は「愛している」と言うことで、自分の行動を正当化しようとします。しかし、虐待をする人や暴力を振るう人も同じように「愛している」と言います。
これらの行動が本当に愛に基づいているのかは疑うべきです。愛は相手を尊重し、自由を認め、幸せを願うものです。支配や暴力を隠すために使われる言葉には、危険が潜んでいます。
加害者の「愛」に対する価値観の歪み
モラハラ加害者は、過去の経験や家庭環境から歪んだ愛の価値観を持っていることがあります。彼らは愛を支配的でコントロールするものとして学び、それを他者に押し付けます。
このため、相手の感情やニーズを無視して自己中心的な行動をとり、最終的には相手を傷つける結果となります。
愛を感じるのは受け手であることを忘れないで
最も大切なのは、愛を感じるのは受け手であるということです。「愛している」と言われても、その言葉だけで判断せず、その言葉に伴う行動や結果を見て、自分が感じる愛を大切にしましょう。
もしあなたが不安や苦しさを感じているなら、それは「愛している」という言葉が本物ではないかもしれません。愛は、相手が安心し、心地よく感じるものであるべきです。支配や恐怖に変わる時、それは「愛」とは言えません。
まとめ:モラハラの“愛”に惑わされないために
「愛している」と言われても、それが本当の愛ではないと気づくことが、モラハラの支配から抜け出す第一歩です。
加害者の言葉に惑わされることなく、自分の感情や直感を大切にし、支配的な関係から脱する方法を見つけましょう。