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【判例紹介】妻が自宅にICレコーダーを設置した行為が違法行為と認められ,慰謝料の請求を一部認められた事例
夫婦間でパートナーのモラハラやDV等あった場合,証拠を残すために録音しようと思いますよね。
音声データはモラハラがあったことを裏づける証拠として有効なものです。
しかし,今回紹介する判例は,証拠を確保するために録音を試みた妻でしたが,婚姻関係の基礎となる信頼関係を傷つける違法行為であるとされました。
事件について
妻は,夫に対し離婚届に署名するように求め,夫もこれに応じて署名押印をしていましたが,この離婚届はしばらくの間,自宅の神棚に放置しており,その後も離婚はせず婚姻関係を継続していました。
その後,少なくとも2回,妻が自宅内にICレコーダーを設置し電源を入れて録音を試みました。
その事実を知った夫は,妻に対し,神棚に放置してあった離婚届に署名押印して区役所に提出するように言い,離婚が成立しました。
そして,夫は離婚した妻に対し,婚姻中,自宅内に盗聴器(ICレコーダー)を設置したことが,夫の人格的利益及び婚姻継続の利益を侵害したとして,不法行為に基づき,慰謝料400万円の支払を求めました。
この事件の争点は,妻のICレコーダー設置行為が不法行為を構成するか,仮にこれが肯定される場合の慰謝料額です。
双方の主張
夫(原告)の主張
そもそも,離婚届に署名した理由は,妻から「是非にも・・・」と言われたからで,やむなく署名しました。
一度は拒否した。私に有責行為があったわけではない。
妻の申し出が一方的で,離婚条件の提示もなかったため,その後も同居していました。この時点では私も妻も婚姻解消の確定的な意思がありませんでした。
ですが,1回目のICレコーダー設置行為が,妻が盗聴によって私の落ち度の証拠を集め,離婚条件を有利にしようと考えている,とその悪意に慄然としました。
2回目の設置の際,「夫婦間でこんなことをしてはいけない。」と言いましたが,妻に反省の色は見られませんでした。
夫は妻の盗聴行為が常態化していると考えざるを得ず,妻との関係は修復不可能になったと判断し神棚にあった離婚届提出に至ったようです。
夫婦間で盗聴器(ICレコーダー)を設置することは,信頼関係を傷つける違法行為であり,人格的利益(プライバシー)を侵害するものであるから,不法行為を構成する!
夫は盗聴行為により,最終的に離婚を決意せざるを得なくなり,婚姻生活継続の利益を侵害されたと主張しています。
妻(被告)の主張
ICレコーダーを設置したときは既に夫婦間の婚姻関係は破綻していました。設置の目的は,夫の酒乱の状況と言葉の暴力を録音するためです。そのため違法性阻却事由があり,不法行為ではありません。
仮に違法行為であるとしても,録音はいずれも失敗しており,プライバシーの侵害の実害が発生していません。
また,婚姻関係は既に破綻していたことからすると,私の行為によって婚姻関係継続の利益が侵害されたとも言えません。
夫は飲酒して酒乱状態になったり,妻に暴言・暴力を振るうことがあったことから,妻は録音を試みたようです。
破綻の原因が夫の暴言や暴力にあると考えている妻としては,ICレコーダーを設置し録音して証拠を確保するという判断もあり得ます。
そこでICレコーダーを設置した行為は違法性は阻却されると主張しました。
裁判所の判断
妻(被告)のICレコーダー設置目的について,
被告は,原告の酒乱の状況や言葉の暴力を録音するためであったと主張し,被告本人の供述中にもこれに沿う部分がある。特に被告本人は,平成19年秋に受けたという暴力を強調するとともに,離婚する決定的な証拠を取っておきたかったことなどを述べている。
しかしながら,被告が主張する酒乱の状況や言葉の暴力がICレコーダーに録音されたことを認める証拠はなく,他に被告が主張するような酒乱の状況や言葉の暴力があったことを裏づける証拠もない。
(中略)
果たして,被告の主張するような原告の酒乱の状況や言葉の暴力が存在したがどうか,あるいは,それが離婚をやむを得ないとするほどのものであったかどうかは疑問がある。
一般に,他人間において,他社が自宅で過ごしているときの状況を本人の了解を得ずにICレコーダーで盗聴する行為は,特段の事情がない限り,違法というべきであるところ,夫婦間においても,一方配偶者が自宅に1人で過ごしているときに,電源を入れたICレコーダーを置いておくことは,少なくとも当該配偶者に対する不信感の表れであり,婚姻関係の基礎となる信頼関係を傷つける行為というべきである。(中略)
被告のICレコーダーを設置行為が違法性を阻却されるということはないというべきである。
(東京地裁平成25年9月10日)
裁判所は,ICレコーダーを設置したことは,すでに低下していた愛情や信頼関係の喪失を決定付けたとして,違法性を認めました。
しかし,婚姻中,夫が勝手に会社を退職したり,株取引で大損したこと,怒りっぽくなったこと等も破綻の一因となっているとし,妻の盗聴行為の破綻へ寄与度の割合は必ずしも大きくないと判断しています。
慰謝料の額については,前記のような寄与の程度,プライバシー侵害について実質的な損害を認める証拠がないことなど考慮し,慰謝料50万円が認容されました。
まとめ
妻の録音行為に違法性があると判断されましたが,仮に妻が夫の暴言・暴力の録音に成功していれば判決は違っていたかもしれないですね。
パートナーの暴言等,録音する際は,後から違法と主張されないために少し慎重にする必要があります。