共同親権の国でも、DVから逃げることは「正当な行動」です― 海外の制度から考える子どもの安全と避難の仕組み ―

「海外では子どもを連れて家を出ることは認められない。」
共同親権について調べると、このような説明を目にすることがあります。
実際、多くの国では、親の一方がもう一方の同意なく子どもを連れて別居することに、厳しいルールが設けられています。
日本でも、令和8年施行の民法改正により、離婚後共同親権制度が導入されました。
ここで一つの疑問が生まれます。
では、共同親権制度を導入している国では、DV被害者は子どもを守るためにどのように避難しているのでしょうか。
もし「同意のない子どもの連れ出し」が強く制限されるのであれば、DVから逃げることすらできないのでしょうか。
この記事では、日本と海外の制度を比較しながら、この疑問について整理します。
目次
「海外では子連れ別居は認められない」と言われる理由

共同親権制度について調べると、
「海外では、相手の同意なく子どもを連れて別居すると違法になる。」
という説明を見かけることがあります。
これは一定の側面としては正しく、共同親権のもとでは、親の一方がもう一方の同意なく子どもを移動させることに制限がある国も少なくありません。
また、国際的には子どもの連れ去り(ハーグ条約など)との関係から、「勝手に子どもを連れて行く行為」は厳しく扱われる傾向があります。
しかし、この説明だけでは重要な視点が抜け落ちています。
それが、DVからの避難です。
では、DV被害者はどうやって逃げるのか?

日本では、DVを受けた親子が避難する際、加害者に知られないよう子どもを連れて家を出るケースが少なくありません。
そのため、
「海外では子どもを連れて別居できないのであれば、DV被害者はどうやって子どもを守るのだろう?」
と疑問に思う方もいるでしょう。
実は、多くの国では、「親による無断の連れ去り」と「DVから身を守るための避難」は、区別して考えられています。
つまり、子どもの無断連れ去りを制限するルールがある一方で、DVからの避難は制度として想定され、保護されているのです。
では、その仕組みはどのようになっているのでしょうか。
ここでは、DV法制の整備が進んでいるアメリカ・カリフォルニア州を例に見ていきます。
「アメリカでは子どもを連れて逃げたら実子誘拐になる」は本当か?

インターネット上では、
「アメリカでは、親の同意なく子どもを連れて別居すると実子誘拐(child abduction)になる。」
という説明を見かけることがあります。
確かに、この説明には一定の事実が含まれています。
しかし、DVからの避難という場面まで含めると、実際の制度はもう少し複雑です。
原則:監護権侵害の連れ去りは犯罪になり得る
カリフォルニア州刑法 278.5条(a)では、次のように規定されています。
子どもを連れ去る、保持する、または所在を隠すことにより、正当な監護権者の監護権または面会交流権を意図的に奪う行為は犯罪となる。
状況によっては、軽犯罪から重罪まで処罰の対象となり得ます。
例外:DVや危険からの避難は法律上想定されている
一方で、カリフォルニア州刑法278.7条(a)では、次のような例外が設けられています。
子どもまたは自分自身に対する直ちの身体的危害または精神的危害を防ぐために必要であると、誠実かつ合理的に信じた場合には、278条および278.5条は適用されない。
さらに同条(b)では、
「精神的危害」には、子どもが家庭内暴力を目撃することも含まれる
と規定されており、いわゆる面前DVも対象になることが明記されています。
つまり、身体的暴力だけでなく、精神的DVなども含むDVや面前DVから子どもや自分自身を守るための避難は、法律上も想定されており、一律に違法な行為として扱われるものではありません。
ただし「逃げっぱなし」は認められていない
もっとも、この例外は無制限に認められるものではありません。
具体的には、合理的な期間内に、以下の対応が求められます。
- 地方検事局(District Attorney)への報告
(本人・子どもの氏名、住所・電話番号に加え、子どもを連れ出した理由を含む)(10日以内が目安) - 監護権に関する手続の開始(30日以内が目安)
つまり、DVからの避難そのものは保護される一方で、その後は警察や司法の手続へと移行し、親権や監護の問題は裁判所が判断する前提となっています。
DV法制の整備が進む米・カリフォルニア州

カリフォルニア州刑法278.7条がDVからの避難を例外として規定している背景には、同州のDV対応の制度設計があります。
カリフォルニア州では、DVは夫婦間の私的なトラブルではなく、警察・司法が積極的に介入すべき高リスク事案として位置付けられています。
そのため、DVからの避難は「例外的に許される行為」というよりも、制度として保護・支援の対象として組み込まれている行動といえます。
① DVに対する理解が、日本よりもはるかに進んでいる
カリフォルニア州では、DVは「夫婦げんか」や「家庭内の問題」として扱われません。
DVは、加害者が被害者を支配し、コントロールするための構造として理解されています。この考え方は、警察・裁判所・支援機関の間でも広く共有されています。
そのため、DVには身体的暴力だけでなく、例えば次のような行為も含まれます。
- 精神的DV
- 経済的支配
- GPSなどによる監視
- 行動や交友関係の制限
- 家族や友人から孤立させる行為
また、子どもが家庭内暴力を目撃する面前DVも、子どもへの精神的危害として法律上明記されています(カリフォルニア州刑法278.7条(b))。
さらに重要なのは、支配とコントロールの影響は、暴力そのものだけでなく、その後の被害者の言動にも及ぶと考えられている点です。
DVでは、恐怖や心理的支配の中で、被害者が加害者をかばったり、「処罰してほしくない」と話したり、被害を過小評価したりすることは珍しくありません。こうした反応も、DVの特性として理解されています。
だからこそ、警察や検察は被害者の意思だけで対応を終えるのではなく、危険性や支配・コントロールの状況を踏まえて介入の必要性を判断するという考え方が採られています。
つまり、「殴られていないからDVではない」「被害者が被害を訴えていないからDVではない」という発想ではなく、支配とコントロールの構造そのものをDVとして捉えることが、制度の前提となっているのです。
② 「助けを求めても意味がない」と思わせない仕組みがある
DV被害者が避難できる背景には、「逃げても助けてもらえない」という不安を減らすための仕組みがあります。
カリフォルニア州では、DVは高リスク事案として位置付けられており、911への通報があれば迅速な対応が行われます。
さらに、被害者を保護するための支援機関やシェルター、保護命令などの制度も整備されており、避難後も継続した支援を受けられる体制が構築されています。
また、全米DVホットライン(National Domestic Violence Hotline)では、24時間365日、被害者本人だけでなく、家族や友人、さらには「自分が加害者かもしれない」と悩む人からの相談も受け付けています。
ホームページには、
「あなたは今、安全な場所にいますか。」
「あなたの状況を聞かせてください。」
「一緒に選択肢を考えましょう。」
というメッセージが掲げられており、被害者を責めたり、「あなたにも原因があるのではないか」といった姿勢は見られません。
「まずは助けを求めてよい」という考え方が、制度だけでなく社会全体にも浸透するよう取り組まれているのです。
③ 「逃げるか、耐えるか」の二択ではなく、制度全体で支える
カリフォルニア州では、DV被害者に
「一人で何とか逃げなさい」
とは求めていません。
避難した後は、
- 警察
- DVホットライン
- シェルター
- 保護命令
- 裁判所
- 弁護士
などが、それぞれの役割を担いながら連携し、被害者と子どもの安全を確保するとともに、その後の親権や監護についても司法手続へつないでいきます。
つまり、DVからの避難は個人の判断だけに委ねられるものではなく、行政・警察・司法がそれぞれ役割を分担しながら安全を確保していく制度設計となっています。
日本の共同親権制度でも忘れてはならない視点

カリフォルニア州の制度を見て分かるのは、共同親権制度そのものよりも、その前提となるDVへの理解が重要だということです。
共同親権のもとでも、DVからの避難は保護されるべき行動であり、その後は警察や裁判所が関与する仕組みが整えられています。
一方、日本では共同親権をめぐる議論の中で、
- 「子どもの連れ去り」
- 「親子交流」
といった点に関心が集まる一方で、
DVにおける支配・コントロールや精神的DV、面前DVといった「見えにくい暴力」については、十分に理解されていない場面もあります。
そのため、
- 「共同親権なのだから子どもに会わせるべきではないか」
- 「DVは本当にあったのか」
といった議論が先行し、被害者や子どもの安全という視点が十分に考慮されないおそれもあります。
共同親権制度は、子どもの利益のための制度です。
だからこそ、その運用においては、DVの有無だけでなく、支配・コントロールという暴力の構造を適切に理解し、安全を最優先に判断していくことが求められます。
共同親権とDV避難の重要なポイント

海外の制度から見えてくるポイントは、次の2点です。
「同意がないと逃げられない」という理解は正確ではない
DVがある関係では、相手の同意を得て避難すること自体が現実的でない場合も少なくありません。
そのため、海外の制度では、
- 危険な状況からの避難を保護の対象とし
- 警察や支援機関による介入につなげ
- その後の親権や監護は裁判所が判断する
という制度設計になっています。
共同親権は、「避難を禁止する制度」ではなく、安全を確保した上で司法が関与することを前提とした制度なのです。
一人で抱え込まず、制度や支援につながることが大切
海外の制度に共通しているのは、DVへの対応を被害者だけに委ねていないことです。
警察、弁護士、DV相談窓口、シェルターなどが連携し、安全を確保しながら法的な手続へつないでいくことが前提となっています。
DVは、当事者同士の話し合いだけで解決できる問題ではありません。
危険を感じたときは、一人で抱え込まず、支援機関や専門家につながることが大切です。
まとめ:誤解しないでください

「共同親権になったら、DVでも子どもを連れて避難できない。」
このような理解は、少なくとも今回紹介したカリフォルニア州の制度とは一致しません。
共同親権制度を採用している国でも、DVからの避難は法律や制度の中で想定されています。
そして、避難後は警察や裁判所、支援機関が関与しながら、親子の安全を確保し、親権や監護について判断していく仕組みが整えられています。
もちろん、日本とカリフォルニア州では法制度や社会的背景が異なるため、そのまま比較することはできません。
しかし、海外の制度から学べることがあります。
それは、共同親権であるかどうかよりも、「DVをどのように理解し、どのように保護するか」が重要だということです。
身体的暴力だけでなく、
- 精神的DV
- 支配・コントロール
- 子どもの前で行われるDV(面前DV)
についても適切に理解し、安全を最優先に判断できる制度や運用であることが、子どもの利益につながります。
もしDVを受けていて、
「共同親権だから相手の同意が必要なのではないか」
「子どもを連れて避難してはいけないのではないか」
と一人で悩んでいるのであれば、当事者同士だけで解決しようとしないでください。
弁護士やDV相談窓口、警察などの支援機関に相談することは、決して特別なことではありません。
あなたや子どもの安全は、何よりも優先されるべきものです。
参考資料:
California Commission on Peace Officer Standards and Training (POST), Domestic Violence Guidelines (2025).
法務総合研究所研究部報告24,ドメスティック・バイオレンス(DV)の加害者に関する研究
全米DVホットライン(National Domestic Violence Hotline)
California Legislative Information, California Penal Code §§243(e)(1), 278.5, 278.7(カリフォルニア州刑法)
在ロサンゼルス日本国総領事館「子の親権問題・家庭内暴力(DV)等について」





